既にみなさん、ご存知と思いますが、オリックスバッファローズのシニアダイレクター仰木彬元監督が癌による呼吸不全でお亡くなりになりました。享年70歳。
野球ネタになると比較的年齢の高い方々しかいまや話さないようになりました。僕の年代以上の方々にとって、まだまだ野球は生活に身近なスポーツなのではないでしょうか。僕のことを言えば、少年時代、実家の周りは、まぁ、田んぼだらけで、野球をするスペースには困りませんでした。毎日暗くなるまで野球に一生懸命になっていたことや、あの時野球界にヒーローがいたことなどが、この年になっても野球に対して愛着が残っている理由だと思います。
実家の近くに近鉄電車が走っていました。以前のblogでもお話していましたが、タイガースの熱烈なファンでしたが(今も)、やはり、近鉄電車を普段よく利用していたからでしょう。万年最下位の近鉄にも目が離せませんでした。そこに2度も、万年最下位チーム大毎と阪急をリーグ優勝に導いた西本幸雄監督(「江夏の21球」のときの監督)が近鉄バッファローズに登場し、万年最下位のチームをみたびパリーグ優勝に導きました。
その後、何代か監督が入れ替わり、仰木彬さんが近鉄の監督になられ、西本体制後の停滞していたチームのてこ入れをします。18年間も続いた縁の下仕事、コーチ生活から、監督業への転進です。彼の才能と努力がココから爆発していきます。
88年の10.19伝説のロッテ戦ダブルヘッダーなどの不運もありましたが、89年にリーグ優勝。94年からそれまで設立以来低迷を続けていたオリックスに移り、95年にリーグ制覇、96年にイチローらを率いて、日本一に輝きました。
僕は、学生のころより仰木氏に注目していました。お会いしたことはもちろんなく、メディアだけの感想だったんですが。
・弱いチームの能力を最大限に引き出だすリーダーシップ
・チームの資産、情況と競合のそれらを正当に評価・比較する、分析力。
・チームを「正」の方向に向ける、戦略・戦術の設定。プランニング。
・戦略・戦術立案に対する考え方・見方の柔軟性
・自由と競争がうまくミックスした風土の定着化
・次世代リーダーの教育
が、非常に長けている方だ思います。20年近く前から非常に不思議な人だったと感じていました。
10年ほど前、TVの久米宏さんとのインタビューで、非常に気さくにチームと酒と女の話をされているのを面白おかしく拝見していました。いつも、サングラスとパンチパーマ。マスコミで言われるほど、「ダンディ」だと思いませんでしたが、めちゃくちゃおもろいおっさんでしたね。しかし、いざグラウンドに立った時や、コーチたちとのミーティング時の顔つき、発言は「怖さ」さえ感じました。特に、オリックスが日本一になったときのTVの特番で、新井宏昌(この方も近鉄時代のお弟子さんですね)コーチとのメンバリングミーティングはそのイメージと反し、シンプル、繊細かつ論理的でした。非常に印象に残っています。
エリートを採用して、いい子ちゃんの選手に育て上げるのは、見ていてつまらん。勝って当然。そこに、無名の野茂、イチロー、吉井、長谷川、田口、その生き方からプレーまで杓子定規にはまらない個性的な選手を、メジャーリーガーにまで育て上げました。こんな監督は誰も未だ存在しません。あの当時、無名だった彼らの「トルネード投法」や「振り子打法」を見て、フォームを修正しなかったのはすごい驚きです。(余談ですが、アマチュア時代からプロまでの過程で、コンサバティブな体育会系コーチ・監督達多かったはずですが、あのフォームをそれぞれの指導者達が認め、育ててきたのは、奇跡に近いと感じます。)
癌だった体を押して、ベンチに座り続け、采配を振っていらっしゃったことは、知りませんでした。命を削ってまで仕事に取り組まれ、義理・人情を果たされたようです。その、才能、努力、仕事に対する姿勢、リーダーシップ、ライフスタイル・・・・。メディアを通してだけでもよかったので、もっともっと拝見していたかったと思います。機会があればお会いしてみたかった方のお一人でした。20代のころより非常に勉強になる方でした。
ご冥福をお祈りします。
合掌。
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