「総じて言うて、人生は短い。だからランプの消えぬ間に生を楽しめよ」、アルチュール・シュニッツラーという人が言いましたが、すかさずたくさんの声が、私ならランプが消えてからにしたいわ、という答えが戻ってきそうであります。全くその通りなんでありますから、私が言うまでもない。現在の若いジェネレーションは私よりはるかに賢く、奔放に楽しんでいるでしょう、何も言うことはありません。
やれるうちにやんなさい。
本当に30代ちゅうのは激しい。で、そのときにはわからない。自分で埋没しちゃってるからね。10年経って振り返るとえらいこと俺はやってたなぁということになる。各人それぞれにそういうことになるんじゃないかしらね。
今は、君はアニマルでもあるが、人間でもあるんで、やりたい事やんなさい。後で後悔しなさんな。やりたい事やんなさい。グラスのふちに唇つけたらとことん、一滴残らず飲み干しなさい。後で戻ってきても、もう雫は残っていない。今のうちに飲みつくしなさい。
ま、いろいろ修行しなさいや。
どういう酒が一番うまいんだ?と、
時々酒の飲めない人に聞かれる事があるんだけども、
こんな女がいたらさぞや迷わせられるだろうなと思いたくなるような酒が、いい酒だ。黙っててでも二杯飲みたくなるような酒がいい酒。
日本酒は甘口、辛口、という言葉があるんだけど、もう一つ、日本酒作っている人の間では「うま口」という言葉が灘の酒処には流布されているんだけども、「うま口」というのは、飲んで飲み飽きない酒ということ。うま口の酒、うま口の女、うま口の芸術、うま口の音楽を求めなさい。その為には、のべつ無限に、二日酔い、失敗、でたらめを重ねないと何がうま口であるかわからない。やりたい事やんなさい。後で後悔しなさんな。
written by 開高健 『河は眠らない』