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杉岡彦士のBLOG

文化。 会話。 英会話。 Intercultural communication

Posted on Feb 19, 2008 in 日々の事 |

最近、電車に乗ると、英会話schoolの広告を良く見かけます。

正直 ちょっと必死感 を感じたり。
やはり、英会話schoolを取り巻く状況は若干の厳しさが有るのでしょうか、はたまた先日大型破綻された教室の生徒さんを何とか取り込みたいのでしょうか?

特商法と経産省による行政指導・監督が発端となりましたが、あんなこと、20年前から泣かされていた人訴えていた人がいる中、なんでお役人はいまさらながらと思いました。何か大きな力が加わったのか?それはさておき。


僕的には 英会話に留まらず 色々な言語を知るのはとても大事な事だと思って居ます。知ろうとする事はとても大切な事だと思って居ます。


けれど。



ただ言葉が喋れればそれで良いとは思っていません。



先日 英語で仕事のミーティングをする機会が有りました。(いまや、僕の英語能力での商談は恐ろしく不十分且つ不安なのできちんと優秀な通訳の方がついてくれました ヨカッタヨカッタ (^^ゞ)

勿論、仕事の内容を端的に話すなら、vocabularyを豊富にし、発音や言い回しを丁寧にしておけば、成り立つのかもしれません。

でも 言語は違えど 人と人。


「気持ち」


相手の気持ち、立場、Goal、環境や文化を理解しようとする気持ち。


これが根底にあってこそ、人と人のコミュニケーションが生まれてくるのだと、いまさらながらに、久々に感じました。



たとえ日本人同士でも 気持ちを理解する事は難しい事なのかも知れません。
ましてや、外国の方々とうわべや仕事だけでなく、心から理解しあえるのは、非常に大変だと思います。アメリカ人でも、インド人でも、韓国人でも、ケニア人でも、ウズベキスタン人でも、個人と個人の会話であれば、そんなに日本人と変わりません。みんなスケベです(笑) 同じ感じ(もちろん、変わった人もいますけど (^^ゞ)。ただ、同胞同士が集団になったときの行動パターンや答えの出し方(たぶん、共通の価値観なんでしょうね。)が大きく違ってくる。アメリカにいるときに強く感じました。



けれど 相手の事や立場や生い立ちやおかれた環境を一生懸命理解しようとする気持ちの中から生まれてきた 「言葉」 には、きっといつか繋がり合える形が生まれて来るのではないかと。



ただ用件を伝える為だけの手段として記号や音声を小器用に利用するのではなく、相手の文化や習慣をを知ろうとするために必要だと思えて、習得しようとする英語なり外国語。



生きる言葉。




それを目指して頑張ってみようと思って居ます。



…取り合えず僕は日本語から(^^ゞ 標準語しゃべれるようにならなあきまへん(*u_u)